親世代がゲームで遊んで漫画を読む風景

子供の頃、親は至って標準的な価値観を以て、漫画の読みすぎやゲームのやりすぎを禁止していた.

だが、親は今そのゲームを長時間やっている. あの頃は考えられないが、ゲームの話題が家でのトピックに上がっている. 漫画も読む様になった.

ゲームをやったら頭悪くなるだの漫画を読んでると活字を読まなくなるだなんだの色々なことが言われていた.

しかし、その時代はあっさり終わってしまった.
やはり、どんな価値観も時代で変わっていくことを実感する.

ゲームの悪影響など、人間が想像できるようなロジックは、当てはまらないことが多々ある. 特に新しいものが出始めた時は、これまでの実績がないこともあって、そうなりがちだ. 全部がそうだとは言わないが、データに基づかない懸念が溢れる印象だ. みんな不安なのだろう.

ロックだろうが、萌えイラストだろうが、必ずそれに拒絶反応を示す人間が出るものだというのは忘れてはならないし、そしてそれらはどんどん受け入れられていく.ゲームの印象はここたった20年ほどで大きく変わった.

スマホの登場のおかげなのか、ニンテンドーDSのおかげなのか、ただ単にゲーム世代が大人になったためなのか、どれかわからない.
やはり、世代が人がどんどん入れ替わっていくことが単純にこれを可能にしているんだろう.

おじさんたちが公園でポケモンやってるのを見るたびに、そう思うのである.

しかし、斯く言う自分も拒絶側に回ってしまっていたものがある.

自分が世の中のことでえって初手拒絶になったのは、eSportsだ. なーにがeスポーツだよって思っていることがあっという間にスタンダードになり始めている. スポーツと呼称することに非常に違和感があった. 自分のスポーツという単語のイメージとどうも合わなかったのだ. 概念の枠が書き変わる瞬間だったのだろう.言い訳をするとしたらそんな感じだ.あるいは、自分の感覚/認知はすでに老害の域に到達しているのかもしれない.

もう一つはVtuberもそうだ. すでに私の感覚はついていけていない. レガシーな世代になってしまっているのかもしれないと感じさせる.あんなにアニメやサブカルにどっぷり使っていたイメージだが、すでにそうなれなくなっている.

自分も上の世代と変わらない固定観念を持つことになるんだろう.

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